痙縮(けいしゅく)とは?
―脳卒中のあとに手足がつっぱるのはなぜ?―
「けいしゅく」という言葉は少し難しく聞こえますが、仕組みを知ると、わかりやすいです。
痙縮をひと言でいうと?
痙縮とは、脳から筋肉へのコントロールがうまくいかなくなり、
筋肉が必要以上につっぱってしまう状態です。
医学的には、筋肉を他の人が動かしたときに、
速く動かすほど筋肉の抵抗が強くなることが痙縮の大きな特徴です。
これは、脳から脊髄へ送られている「筋肉の緊張を調節する仕組み」が、
脳卒中などによって障害されるために起こります。[1]
わかりやすく例えると……
私たちの脳は、筋肉を動かすための「司令塔」です。
車で考えてみましょう。
筋肉を動かす「アクセル」だけでなく、
「力を抜いてね」
「そんなに強く縮まらなくてもいいよ」
という「ブレーキ」のような指令も、脳から送られています。
ところが脳卒中によって脳の一部が傷つくと、
この調節がうまく働かなくなることがあります。
すると筋肉が、「もっと力を入れなきゃ!」
と必要以上に反応してしまいます。
これが、痙縮を理解するための一つのイメージです。
例えば、こんな症状があります
痙縮の現れ方は人によって違います。
手や腕の場合
たとえば、次のような状態がみられます。
- 肘が曲がったまま伸ばしにくい
- 手首が内側に曲がってしまう
- 指がぎゅっと握り込んで開きにくい
- 親指が手のひらの中に入り込む
- 腕を体から離しにくい
上肢では肘・手首・指を曲げる筋肉などに痙縮が現れやすいことが知られています。[1]
たとえば、次のような日常生活での困りごとにつながることがあります。
- 手を洗いたいのに、指が開かない
- 爪を切ろうとしても、手が開かない
- 袖に腕を通しにくい
足の場合
足では、次のような状態がみられることがあります。
- 膝が突っ張る
- 足首が伸びたままになる
- つま先が下を向く
- 足が内側を向く
- 歩くと足が突っ張る
そのため、次のような問題につながることがあります。[1]
- かかとが床につきにくい
- つま先が引っかかりやすい
- 靴が履きにくい
- 歩くとバランスを崩しやすい
なぜ脳の病気なのに、筋肉が硬くなるの?
とても大切なポイントです。
痙縮があると、
「筋肉そのものが悪くなった」
と思われるかもしれません。
しかし、痙縮の出発点は筋肉ではありません。
脳や脊髄を含む神経のコントロールの問題です。
脳卒中によって脳の運動を調節する神経回路が傷つくと、
脊髄にある反射の仕組みを十分に抑えられなくなり、
筋肉が刺激に対して過剰に反応することがあります。
さらに、その状態が長く続いて手足を十分に動かさなくなると、
筋肉や腱などにも変化が起こり、
実際に組織そのものが硬くなっていくことがあります。[1]
↓
筋肉のコントロールが乱れる
↓
手足がつっぱる
↓
動かしにくくなる
↓
さらに筋肉や関節が硬くなる
このような悪循環が起こるのです。
痙縮は脳卒中の多くの方に起こる症状です
2021年に発表された23研究のシステマティックレビュー・メタ解析では、
脳卒中後の痙縮の有病割合は25.3%でした。[2]
つまり、脳卒中を経験した人のおよそ4人に1人
にみられる症状です。
さらに「初回の脳卒中で麻痺を伴う人」に限ると、
痙縮は39.5%に認められ、
多くの方に認められる後遺症なのです。[2]
痙縮を放っておくとどうなるの?
痙縮が強くなると、次のように生活そのものに影響することがあります。
- 手足を動かしにくくなる
- 痛みが出る
- 着替えが難しくなる
- 手を洗いにくくなる
- 爪を切りにくくなる
- 歩きにくくなる
- リハビリテーションを行いにくくなる
さらに、長期間動かせない状態が続くと、
筋肉や関節が実際に硬くなり、
関節を動かせる範囲が狭くなる「拘縮(こうしゅく)」
につながることがあります。[1]
ここで覚えておきたいのは、
「痙縮」と「拘縮」は同じものではない
ということです。
痙縮は主に神経のコントロールの問題です。
一方、拘縮は筋肉・腱・関節などが硬くなって、
関節そのものが動きにくくなった状態です。
「筋肉が硬ければ全部痙縮」という事ではありません
脳卒中の患者さんの手足が硬く感じられても、
その原因がすべて痙縮とは限りません。
筋肉や関節そのものが硬くなった「拘縮」や、
痛み、筋力低下、姿勢の問題などが重なっていることがあります。
そのため、
「手が硬いから痙縮だ」「足が突っ張るから痙縮だ」
と自己判断するのではなく、
医師やリハビリテーションの専門職による評価が大切です。
医療現場ではModified Ashworth Scale(MAS)などを使って筋緊張を評価します。[1]
痙縮にはどんな治療があるの?
痙縮の治療には、症状や目的に応じていくつかの方法があります。
代表的なものとして、次のような治療があります。
- リハビリテーション
- ストレッチやポジショニング
- 装具などを利用した治療
- 内服薬
- ボツリヌス毒素を用いた治療
- 重症例に対する髄腔内バクロフェン療法など[1][4]
どの治療が適しているかは、次のような点によって異なります。
- どの筋肉に痙縮があるのか
- 本人が何に困っているのか
- 何ができるようになりたいのか
実は「痙縮をゼロにする」ことが治療の目的とは限りません
これは意外に思われるかもしれません。
痙縮は少ないほど良い――とは限らないのです。
たとえば脚の筋力が弱い患者さんの場合、
ある程度の筋緊張があることで、
立ったときに脚を支えられていることがあります。
その状態で筋緊張だけを強く下げると、
かえって立ちにくくなる可能性もあります。[1]
そのため痙縮治療で本当に大切なのは、
筋肉を柔らかくすることそのものではありません。
大切なのは、その人の生活にとって意味のある目標を決めることです。
- 手を洗えるようにしたい
- 服を着やすくしたい
- 痛みを減らしたい
- 歩きやすくしたい
- 介助する家族の負担を減らしたい
早く気づくことも大切です
2026年1月29日、米国心臓協会(American Heart Association:AHA)は、
脳卒中後痙縮について新しいScientific Statementを発表しました。[3]
その中では、痙縮を早い段階から見つけ、
必要な患者さんを継続的に評価し、
リハビリテーションや医学的治療を組み合わせて対応する重要性が強調されています。
AHAでは発症後3か月以内の介入を「early intervention」として扱っています。
ただし、早期治療によって長期的な機能回復そのものがどこまで改善するかについては、
さらに質の高い臨床試験が必要ともされています。
「早く治療すれば必ず治る」という意味ではありません。
大切なのは、
「仕方のない後遺症だから」と放置せず、早い段階から状態を確認すること
です。
「動かない」の中身を考えることが大切です
脳卒中のあと、
「この手は動かない」
「この足はもう動かない」
と言われることがあります。
しかし同じ「動かない」でも、その理由は一つではありません。
- 筋力が弱い
- 脳から筋肉への指令がうまく届かない
- 痙縮によって動きを邪魔されている
- 関節が硬くなっている
- 感覚が低下している
- 痛みがある
など、いくつもの原因が重なっている可能性があります。
だからこそ、
「動かない」という結果だけを見るのではなく、「なぜ動かないのか」を考えること
が大切です。
これは、脳出血後遺症や脳梗塞後遺症を考えるうえで非常に重要な視点です。
脳卒中再生医療センターが大切にしたいこと
脳卒中再生医療センターでは、再生医療についてお伝えするだけではなく、
脳卒中後遺症そのものを患者さんやご家族に正しく理解していただくことも大切だと考えています。
痙縮も、その代表的な症状のひとつです。
そして再生医療を検討するときにも、
運動麻痺なのか、痙縮なのか、拘縮なのか。
あるいは、それらがどのように組み合わさっているのかを分けて考える視点が重要です。
なお、現時点で再生医療が痙縮そのものに対するまず初めに行う標準治療ではありません。
標準治療でも効果の出ない場合に再生医療を考えるべきなのです。
だからこそ私たちは、再生医療だけですべてを説明するのではなく、
現在わかっている医学的事実と、まだ研究段階にあることを区別してお伝えしていきたいと考えています。
脳卒中後の症状は、一人ひとり違います。
「もう何年もたっているから」
「後遺症だから仕方がない」
と、症状をひとまとめにするのではなく、
いま困っていることの原因は何なのか。
そこから考えることが、次の一歩につながります。
まとめ
痙縮とは、脳卒中などによって脳から筋肉への調節がうまく働かなくなり、
筋肉が必要以上につっぱってしまう状態です。
脳卒中後の約25.3%にみられるという報告があり、
決して珍しい症状ではありません。
手が握ったままになる。
肘が伸びにくい。
足が突っ張る。
歩きにくい。
こうした症状の背景に、痙縮が隠れていることがあります。
大切なのは、
「後遺症だから仕方がない」と決めつける前に、何が動きを邪魔しているのかを正しく知ることです。
脳卒中再生医療センターは、脳出血後遺症や脳梗塞後遺症について
正しい知識を患者さんやご家族へ届けることも、私たちの役割のひとつだと考えています。
参考資料
[1]Winkle MJ, Huang D, Lui F. Spasticity. StatPearls. 最終更新:2026年2月22日。痙縮の定義、病態、症状、評価、治療について参照。文献[1]を読む(NCBI Bookshelf)
[2]Zeng H, Chen J, Guo Y, Tan S. Prevalence and Risk Factors for Spasticity After Stroke: A Systematic Review and Meta-Analysis. Frontiers in Neurology. 2021年1月20日公表。23研究のメタ解析で、脳卒中後痙縮25.3%、初回脳卒中+麻痺39.5%。文献[2]を全文で読む(PubMed Central)
[3]Bandela S, et al. Early Recognition and Intervention for Poststroke Spasticity: A Scientific Statement From the American Heart Association. Stroke. 2026年1月29日オンライン公表。脳卒中後痙縮の早期認識・介入について参照。文献[3]を全文で読む(PubMed Central)
[4]NICE. Stroke rehabilitation in adults (NG236). 2023年10月18日公表。脳卒中後痙縮の評価・管理について参照。文献[4]を読む(NICE公式ガイドライン)
