骨髄由来MSC vs 脂肪由来MSC
なぜ当センターは「骨髄由来」にこだわるのか
―「あるべきものは、あるべきところへ」という考え方―
では、どちらを使っても同じなのでしょうか。
当センターでは、脳卒中に対する再生医療に『骨髄由来間葉系幹細胞(BM-MSC)』を使用しています。その理由は、「骨髄由来MSCがすべての点で脂肪由来MSCより優れているから」ではありません。
脂肪由来MSCには、採取できる細胞数が多い、増殖しやすいといった明確な長所があります。それでも当センターが骨髄由来MSCを選択する理由は、大きく3つあります。
- 脳卒中患者さんに対する臨床研究の蓄積が骨髄由来MSCに多いこと。
- 骨髄は「血液をつくる環境」と深い関係を持つ臓器であること。
- 静脈の中に細胞を投与する以上、「血液とその細胞との相性」を重要視すべきだと考えていること。
私たちはこの考え方を、「あるべきものは、あるべきところへ」という言葉で表現しています。
骨髄は「血液をつくる場所」です
私たちの血液には、次のような血球があります。
- 赤血球
- 白血球
- 血小板
これらの血球を生み出す中心的な場所が骨髄です。
そして骨髄の中には造血幹細胞だけが存在しているわけではありません。
造血幹細胞を支え、骨髄内の環境を整える細胞の一つとして、
『骨髄由来間葉系幹細胞(BM-MSC)』
があります。
Méndez-Ferrerらは2010年のNature誌で、骨髄の間葉系幹細胞と造血幹細胞が密接な
「骨髄ニッチ」を形成していることを報告しています。〔1〕
つまり骨髄由来MSCは、
血液をつくる骨髄環境と生物学的に非常に深い関係を持った細胞
なのです。
では、脂肪由来MSCは?
脂肪由来MSCは、皮下脂肪などの脂肪組織から取り出します。
脂肪組織の血管周囲などにはMSCに相当する細胞集団が存在し、
組織の維持や修復に関与していると考えられています。
Crisanらは、脂肪組織を含む複数のヒト組織にMSC様の細胞が血管周囲に存在することを示しました。〔2〕
ここで大切なのは、脂肪由来MSCが悪い細胞なのではないということです。
脂肪由来MSCにも、次のような多くの長所が報告されています。
- 高い増殖能力
- 抗炎症作用
- VEGFなどの成長因子の分泌
- 組織修復作用
ただし、脂肪組織そのものや脂肪組織に存在するMSCが、
通常の「血液成分」として血管内を流れているわけではありません。
これは、私たちが静脈投与という方法を考える際に、一つの重要な視点だと考えています。
ただし正確にお伝えすると
「骨髄由来MSCが普通に血液中を流れている」という意味ではありません
一つ誤解していただきたくないことがあります。
骨髄由来MSCも、赤血球や白血球のように、
健康な人の血液中を大量に常時循環している細胞ではありません。
2014年、Hoogduijnらは健康人の血液からMSCを検出できず、
臓器障害を持つ患者でも明確な末梢血MSCを確認できなかったと報告しています。〔3〕
一方、特殊な条件や骨髄損傷、造血幹細胞の動員などでは、
血液中にMSC様細胞が認められる報告もあります。
したがって現在の科学では、
「骨髄由来MSCはもともと血液中を流れているから、静脈投与しても安全」
と単純に説明することはできません。
当センターが重視しているのは、もう一段深い考え方です。
骨髄由来MSCは「造血を支える環境」に存在する細胞である。
そして、静脈投与を行うのであれば、その細胞が血液と接触したときに何が起こるのかを考える。
静脈投与されたMSCは、まず肺へ向かいます
MSCを腕などの静脈から点滴すると、血液の流れに乗って、
静脈 → 右心房 → 右心室 → 肺動脈 → 肺
へ到達します。
ここが非常に重要です。
培養したMSCは赤血球などより大きいため、静脈投与されたMSCの多くが最初に肺の微小血管に捕捉される、
いわゆるpulmonary first-pass effect(肺初回通過効果)が知られています。
したがって静脈投与では、「何個投与するか」だけではなく、
「その細胞が血液と接触したとき、凝固をどれだけ活性化するか」
も重要になります。
細胞そのものが血液凝固を促進することがある
MSCの安全性を考える上で重要なのが、
Tissue Factor(組織因子:TF/CD142)
です。
組織因子は血液凝固を開始する重要な分子です。
通常は血液と直接接触しにくい組織側に存在しますが、
組織因子を多く発現する細胞を大量に血液中へ入れると、
凝固反応を強く促進する可能性があります。
Tatsumiらは2013年、MSCが発現する組織因子が凝固を活性化し、
血栓塞栓を引き起こす可能性を実験的に示しました。〔4〕
つまり、「自分自身の細胞だから必ず安全」というわけではありません。
自己細胞であっても、次のような要素を考慮する必要があります。
- 細胞の種類
- 培養状態
- 細胞数
- 組織因子の発現
- 細胞の凝集
- 投与速度
- 患者さん自身の血栓リスク
骨髄由来と脂肪由来では「血液との相性」が違う可能性
ここで非常に重要な比較研究があります。
Oellerら 2018年
研究者らは、次の細胞について、血液凝固との関係を直接比較しました。〔6〕
- 骨髄由来stromal cells
- 白色脂肪組織由来stromal cells
- 臍帯由来stromal cells
その結果、骨髄由来細胞では組織因子(TF)の発現が少ない細胞集団が認められ、
凝固促進活性も比較的低いことが確認されました。
一方、白色脂肪組織由来細胞では広範なTF発現と、より強い凝固反応が認められています。
研究者らは特に、脂肪組織などの非造血性組織由来stromal cellを血管内へ投与する場合には、
血液凝固との関係に注意する必要があるとしています。
これは当センターの考え方と非常に関係する研究です。
さらに直接的な比較実験があります
2015年、山口大学のShiratsukiらは、
骨髄由来MSCと脂肪由来MSCを静脈投与した場合の安全性を直接比較
しました。〔5〕
結果は非常に興味深いものです。
静脈投与24時間後のマウス生存率
- 骨髄由来MSC群:95.5%(21/22)
- 脂肪由来MSC群:46.4%(13/28)
つまり脂肪由来MSC群では、28匹中15匹が24時間以内に死亡したことになります。
さらに脂肪由来MSC群では、次の所見が確認されました。
- 組織因子(TF)の発現が高い
- 凝固促進作用が強い
- 死亡したマウスの肺および肝臓の血管内に多数の血栓
研究者らは、脂肪由来MSCに比較して骨髄由来MSCの方が、
安全性に優れた細胞源である可能性を示唆しています。
もちろんこれはマウスでの研究です。
この数字をそのまま人間に当てはめることはできません。
しかし、「静脈の中に投与する細胞は、由来組織によって血液凝固への影響が異なる可能性がある」
ことを考える上で、非常に重要な研究です。
人でも脂肪由来MSC投与後の肺塞栓が報告されています
2013年、Jungらは、自己脂肪由来細胞の静脈投与を複数回受けた一家3人全員に、
CTで肺動脈塞栓を認めた症例を報告しています。〔7〕
この報告だけから、
「脂肪由来MSCの点滴を行えば肺塞栓が起こる」
と一般化することはできません。
しかし、静脈投与した脂肪由来細胞と血栓塞栓症との関係を考える上で、
無視できない臨床報告です。
日本でも起きた「京都ベテスダクリニック」の死亡事例
さらに、日本国内でも重要な出来事がありました。
厚生労働省が2012年8月24日に開催した
「再生医療の安全性確保と推進に関する専門委員会」の資料には、
京都ベテスダクリニックについて記載されています。〔8〕
同資料によると、同クリニックでは、
脂肪幹細胞を培養し、億単位の細胞を静脈経由で全身投与する治療
が行われていました。
そして、2010年9月、73歳の患者さんが幹細胞治療剤の投与を受けた後、
肺動脈塞栓症で死亡した
ことが記載されています。
ここで非常に大切なことがあります。
厚生労働省資料には、「幹細胞投与との因果関係は不明」
と明記されています。
したがって、
「脂肪由来MSCを投与したことが死亡原因だった」と断定することはできません。
しかし、次の事実は公表資料で確認できます。
- 静脈投与後
- 肺動脈塞栓症で死亡したこと
- 脂肪幹細胞を億単位で静脈投与する治療を行っていた施設だったこと
大切なのは「脂肪由来は危険」と決めつけることではありません
ここまで読むと、「では脂肪由来MSCは危険なのですか?」と思われるかもしれません。
そのような単純な結論ではありません。
脂肪由来MSCを静脈投与した研究の中にも、安全に実施された臨床研究があります。
また、骨髄由来MSCにも組織因子は存在し得ます。
したがって、「脂肪由来=危険」「骨髄由来=絶対安全」ではありません。
細胞治療の安全性は、細胞の由来だけでは決まりません。
細胞数、培養方法、継代回数、細胞の大きさ、凝集の有無、TF/CD142発現、
細胞生存率、投与速度、投与経路、患者さん自身の血栓リスクなどを
総合的に考える必要があります。
それでも、なぜ当センターは骨髄由来なのか
当センターでは、「あるべきものは、あるべきところへ」
という考え方を大切にしています。
骨髄は血液を生み出す造血の中心的な臓器です。
骨髄由来MSCは、その骨髄の中で造血幹細胞を支える重要な細胞群です。
一方、脂肪由来MSCは脂肪組織の血管周囲などに存在する細胞です。
どちらも優れた可能性を持ったMSCです。
しかし、私たちが脳卒中患者さんに行う治療では、
この細胞を「静脈の中」に投与します。
だからこそ私たちは、「どちらがたくさん増えるか」だけではなく、
「どちらの細胞を血液の中へ投与するのか」
という視点を重視します。
そのうえで、次の要素を総合して、当センターでは骨髄由来MSCを選択しています。
- 骨髄が造血を支える臓器であること
- 骨髄MSCが造血幹細胞ニッチを構成すること〔1〕
- 脂肪由来MSCより骨髄由来MSCの方がTF発現・凝固活性が低かった比較研究があること〔6〕
- 静脈投与マウスの直接比較で骨髄由来MSC群の生存率が高かった研究があること〔5〕
- 脳卒中患者に対する骨髄由来MSCの臨床研究の蓄積が多いこと
- 骨髄由来MSCでは長期追跡研究が存在すること
「採りやすい細胞」ではなく「この治療に適した細胞」を考える
脂肪由来MSCには大きなメリットがあります。
脂肪組織からはMSCを比較的多く確保でき、
増殖能についても骨髄由来MSCより優れた研究があります。
それは否定すべき事実ではありません。
しかし私たちは、
「たくさん採れる」「よく増える」
という理由だけで、患者さんに投与する細胞を決めるべきではないと考えています。
脳卒中という病気に対して、どの細胞についてヒトでの研究が積み重ねられてきたのか。
そして、静脈内という特殊な環境へ細胞を入れたときに、
その細胞が血液とどのように反応するのか。
ここまで考える必要があります。
当センターの結論
私たちは、骨髄由来MSCがすべての点で脂肪由来MSCより優れているとは考えていません。
科学はそこまで単純ではありません。
しかし、脳卒中に対する臨床研究の蓄積に加えて、
骨髄と造血との生物学的関係、そして静脈投与時の血液適合性・凝固リスクに関する研究まで総合すると、
脳卒中患者さんへ静脈投与するMSCとして、
当センターでは骨髄由来MSCを選択する合理的な根拠がある
と考えています。
これが、「あるべきものは、あるべきところへ」という私たちの考え方です。
ただし、再生医療にはまだ解明されていないことも数多く残されています。
骨髄由来MSCについても、脳卒中に対する有効性が確立された標準治療になったわけではありません。
だからこそ、良い結果だけを伝えるのではなく、
分かっていることと、まだ分かっていないことを患者さんに正確にお伝えする。
それが、私たちが再生医療を行ううえで大切にしている姿勢です。
主な参考文献
1.Méndez-Ferrer S, et al. 2010
Mesenchymal and haematopoietic stem cells form a unique bone marrow niche.
Nature. 2010;466:829-834.
DOI: 10.1038/nature09262
PMID: 20703299.
論文を読む(PubMed)
全文を読む(PMC・無料)
2.Crisan M, et al. 2008
A Perivascular Origin for Mesenchymal Stem Cells in Multiple Human Organs.
Cell Stem Cell. 2008;3:301-313.
DOI: 10.1016/j.stem.2008.07.003
PMID: 18786417.
論文を読む(PubMed)
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3.Hoogduijn MJ, et al. 2014
No evidence for circulating mesenchymal stem cells in patients with organ injury.
Stem Cells Dev. 2014;23:2328-2335.
DOI: 10.1089/scd.2014.0269
PMID: 25105211.
論文を読む(PubMed)
4.Tatsumi K, et al. 2013
Tissue factor triggers procoagulation in transplanted mesenchymal stem cells leading to thromboembolism.
Biochem Biophys Res Commun. 2013;431:203-209.
DOI: 10.1016/j.bbrc.2012.12.134
PMID: 23313481.
論文を読む(PubMed)
出版社ページを読む
5.Shiratsuki S, et al. 2015
Enhanced survival of mice infused with bone marrow-derived as compared with adipose-derived mesenchymal stem cells.
Hepatol Res. 2015;45:1353-1359.
DOI: 10.1111/hepr.12507
PMID: 25692387.
論文を読む(PubMed)
山口大学リポジトリで読む
6.Oeller M, et al. 2018
Selection of Tissue Factor-Deficient Cell Transplants as a Novel Strategy for Improving Hemocompatibility of Human Bone Marrow Stromal Cells.
Theranostics. 2018;8:1421-1434.
DOI: 10.7150/thno.21906
PMID: 29507631.
全文を読む(Theranostics・無料)
7.Jung JW, et al. 2013
Familial Occurrence of Pulmonary Embolism after Intravenous, Adipose Tissue-Derived Stem Cell Therapy.
Yonsei Med J. 2013;54:1293-1296.
DOI: 10.3349/ymj.2013.54.5.1293
PMID: 23918585.
論文を読む(PubMed)
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8.厚生労働省 2012年8月24日
第1回 再生医療の安全性確保と推進に関する専門委員会 資料
京都Bethesdaクリニックで2010年9月、73歳患者が幹細胞治療剤投与後に肺動脈塞栓症で死亡したこと、
および「幹細胞投与との因果関係は不明」と記載されています。
厚生労働省資料を読む(PDF)
