シリーズ「僕が脳卒中再生医療を始めた理由」|第2回・全3回
僕が脳卒中再生医療へ踏み出した理由
前回は、僕が脳卒中再生医療と関わるようになった原点について書きました。
中学2年生のときに父が脳卒中で倒れたこと。
父を診てくださった先生方の姿を見て医師を志したこと。
そして医師になって何年も経ったあと、今度は知り合いの若い医師が脳卒中で倒れ、「再生医療を受けたい」と僕のところへ相談に来られたこと。
今回は、その相談を受けた僕が、なぜ実際に脳卒中再生医療へ踏み出したのかを書きたいと思います。
医師として迷いがなかったわけではありません
当時、僕の中には当然迷いがありました。
脳卒中への細胞治療は、まだ現在以上に新しい医療でした。
目の前の患者さんが希望している。
自分のクリニックには再生医療を行ってきた経験があり、細胞を培養するCPCもある。
しかし、それだけで治療をしてよいとは思いませんでした。
医師として慎重に考える必要がありました。
そのとき、僕が何度も考えたことがあります。
「医療とは何のためにあるのだろう」
ということです。
「できない」で終わらせる前に、本当にできることはないのか
僕は小児外科に携わっていた時代があります。
その頃、移植医療をはじめ、新しい医療にはさまざまな制度上・医学上の制約がありました。
治療を必要としている患者さんがいる。
一方には、それを実現しようとする医師や医療技術がある。
それでも、医学、安全性、制度など、さまざまな理由によって、その治療をすぐに患者さんへ届けられないことがあります。
もちろん、医療にはルールが必要です。
新しい治療だからといって、無制限に行ってよいはずもありません。
これは現在の僕も全く同じ考えです。
しかし一方で、
「今まで行われてこなかったから」
「まだ一般的ではないから」
という理由だけで、最初から可能性を考えることまでやめてしまってよいのだろうか。
僕はずっと、そこに疑問を持っていました。
新しい医療は、最初から「当たり前の治療」として存在しているわけではありません。
基礎研究があり、臨床研究があり、安全性や有効性について検討され、一歩ずつ医学として積み重ねられていきます。
だからこそ僕は、「新しいから否定する」のでも「新しいから飛びつく」のでもなく、何が分かっていて、何がまだ分かっていないのかを見極めながら可能性を探ることが医師の役割だと考えています。
最初の脳卒中再生医療
若い医師とご家族には、十分に話をしました。
当時分かっていたこと。
まだ分かっていないこと。
治療に期待されること。
そして、治療を行ったからといって必ず後遺症が改善するわけではないこと。
そのうえで治療を希望されました。
そこで僕は、脳卒中に対する再生医療を行う決断をしました。
これが、ふくとみクリニックで脳卒中再生医療を始める大きな一歩になりました。
2012年のことです。
治療後、その先生の身体状態には変化がみられました。
僕も自分のことのようにうれしく思いました。
しかし、これからお話しすることも非常に大切なことです。
数例の経験だけで、「再生医療によって改善した」と医学的に断定することはできません。
脳卒中後の回復には、自然経過、リハビリテーション、発症からの時間、障害された部位、年齢など、さまざまな要素が関係します。
だから僕は、喜ぶだけではなく、
「これをきちんと記録しなければいけない」
と思うようになりました。
患者さんがどう変化したのか。
どのような患者さんに変化がみられたのか。
治療前と治療後をどのように客観的に評価するのか。
何より、安全に治療を続けるために何が必要なのか。
ここから、僕にとって脳卒中再生医療は「新しい治療を行う」というだけではなく、結果を記録し、検証し、改善していく医療へと変わっていきました。
「もう治らないと言われました」
その後、この治療について知った患者さんが少しずつ相談に来られるようになりました。
そこで僕は、脳卒中という病気のもう一つの厳しさを知りました。
命は助かった。
急性期の治療も終わった。
リハビリも頑張った。
それでも麻痺やしびれが残っている。
言葉がうまく出ない。
以前のように歩けない。
仕事に戻れない。
家族の手を借りなければ生活できない。
そして、
「これ以上良くなることは難しいでしょう」
と言われてしまった。
医学的には「慢性期」という一言で表現できても、その言葉の向こう側には、一人一人違う人生があります。
自分でトイレに行きたい。
もう一度家族と旅行に行きたい。
自分の手で箸を持ちたい。
もう一度仕事がしたい。
孫と一緒に歩きたい。
患者さんが望んでいるのは、検査の数字だけではありません。
「以前の生活を少しでも取り戻したい」
ということなのだと、改めて感じました。
脳梗塞や脳出血の後遺症については、「脳卒中(脳梗塞・脳出血)後遺症とは」でも詳しく解説しています。
僕たちが提供したいのは「過度な期待」ではありません
再生医療という言葉には、どうしても大きな期待が集まります。
だからこそ、医療を提供する側には責任があります。
「必ず治ります」
「この治療をすれば歩けます」
そんなことを簡単に言うべきではありません。
脳卒中の障害は一人一人違います。
同じ脳梗塞でも、損傷した場所も大きさも違います。
年齢も違います。
発症からの期間も違います。
残っている機能も違います。
だから当センターが目指しているのは、患者さんに夢のような話をすることではありません。
その人の状態をきちんと評価し、現在考えられる選択肢を説明し、治療を行うのであれば、その人にとって何を目標とするのかを一緒に考えることです。
そして、今度は僕自身が患者になりました
こうして僕は少しずつ脳卒中再生医療に取り組むようになりました。
しかし当時は、まさか自分自身が脳卒中の患者になるとは夢にも思っていませんでした。
ある晩、自宅でパソコンを見ていたときでした。
突然、目の前がぐるぐると回り始めました。
医師だったからこそ、瞬間的に頭をよぎった病名があります。
脳梗塞。
脳出血。
あわよくばメニエル病であってほしい。
そして僕は救急車で病院へ運ばれました。
検査の結果は、
右小脳梗塞。
その瞬間から、僕は「脳卒中を治療する医師」ではなく、「脳卒中になった患者」になりました。
次回は、僕自身が脳卒中になって初めて分かったこと、そしてその経験が現在の脳卒中再生医療センターにつながっている理由についてお話ししたいと思います。
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「僕が脳卒中再生医療を始めた理由」全3回
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