脳梗塞の患者さんから、非常によく聞かれる質問があります。
「先生、このしびれは治りますか?」
「もう半年たっています。これ以上は良くならないのでしょうか?」
「手は動くようになってきたのに、しびれだけが残っています」
「何年もたっていますが、まだ感覚が戻る可能性はありますか?」
この質問に対して、
「必ず治ります」
とも、
「半年たったらもう治りません」
とも言うことはできません。
最初に結論をお伝えすると、
脳梗塞後のしびれや感覚障害は改善することがあります。しかし、どこまで改善するのか、どのくらいの時間がかかるのかは、患者さんによって大きく違います。
そして、もう一つ大切なことがあります。
「発症から時間がたった」という理由だけで、すべての回復の可能性がなくなったと判断することも適切ではありません。
今回は、脳梗塞後のしびれがどのように回復していくのかを、できるだけ分かりやすくお話しします。
まず、「しびれが治る」とはどういうことでしょうか?
患者さんが使う「しびれ」という言葉には、実はいろいろな症状が含まれています。
例えば、
- 「触られてもよく分からない」
- 「左右で触られた感じが違う」
- 「手に手袋をしているような感じがする」
- 「足の裏に何か一枚はさまっているような感じがする」
- 「ジンジンする」
- 「ピリピリする」
- 「熱い、冷たいが分かりにくい」
- 「自分の手足がどこにあるのか分かりにくい」
などです。
これらはすべて同じ感覚障害ではありません。
医学的には、
- 触覚
- 温度覚
- 痛覚
- 位置覚
- 振動覚
- 物の形を触って認識する感覚
など、いくつもの異なる感覚があります。
そのため、「しびれが良くなった」という場合でも、すべての感覚が同じように回復しているとは限りません。
例えば、
「触られていることはかなり分かるようになった。でも指がどちらを向いているかはまだ分かりにくい」
ということもあります。
脳梗塞後の感覚障害を考えるときには、まずこの点を理解しておく必要があります。
そもそも脳梗塞でなぜ手足にしびれが出るのかについては、第1回で詳しく説明しています。
第1回「脳梗塞後の手足のしびれはなぜ起こるのか?」
感覚は、発症後しばらくの間に改善することがあります
脳梗塞によって傷ついた脳では、発症直後からさまざまな変化が起こります。
脳梗塞の周囲では、
- 血流の変化
- 炎症
- むくみ
- 神経活動の変化
などが起こります。
その後、時間の経過とともに状態が落ち着き、残された神経回路が働き方を変えたり、脳内のネットワークが再編成されたりします。
このような回復の背景には、脳が自分自身の神経回路を変化させる
「神経可塑性」
が関係しています。
実際に、脳梗塞後の感覚機能が数週間から数か月の間に改善することは複数の研究で確認されています。[1][2]
2020年の研究では、初回の脳梗塞患者215人について、発症3週間以内、その後5週、12週、26週の時点で感覚と運動機能を評価しました。
そのうち詳しい経過を解析できた94人では、上肢の感覚機能は発症後12週まで有意な改善を示しました。[1]
つまり、発症直後の状態だけで、
「この感覚障害はこのまま残る」
と判断することはできません。
感覚によって、回復の仕方も違います
これは非常に重要です。
「感覚」と一言で言っても、それぞれが同じように回復するわけではありません。
2008年に発表された研究では、初回脳卒中患者70人を、発症約15日後から2か月、4か月、6か月まで追跡しています。[2]
発症早期には、
- 触覚の障害:7~53%
- 物を触って何かを認識する能力の障害:31~89%
- 位置覚の障害:34~64%
が認められました。
その後、全体として感覚機能には改善がみられました。
しかし、その回復の仕方は感覚の種類によって異なっていました。
上肢の触覚や、物を触って認識する能力は主として発症後4か月までに改善し、位置覚については6か月まで改善が続いていました。[2]
つまり、
「感覚は3か月で終わり」「半年ですべて決まる」と単純に区切ることはできないのです。
なお、この研究は脳梗塞だけではなく脳卒中患者を対象とした研究です。そのため、研究結果を紹介する部分では医学的に正確を期して「脳卒中患者」と記載しています。
同じ脳梗塞でも、回復には大きな個人差があります
もう一つ、患者さんにぜひ知っていただきたいことがあります。
感覚の回復には、かなり大きな個人差があります。
2015年の研究では、116人の脳卒中患者を発症後1週、6週、12週、26週の4回にわたって調べています。[3]
発症1週間後には、
- 位置覚障害が48%
- 手足の動きを感じる感覚の障害が68%
に認められました。
その後、
- 6週間までに正常化する人
- 26週間までかけて正常化する人
- 26週間たっても障害が残る人
に分かれました。[3]
同じ「脳梗塞後のしびれ」であっても、回復する速さも最終的に残る症状も一人ひとり違います。
前回の記事では、この
「手は動くようになったのに、感覚だけが残ってしまう」
理由について詳しく説明しました。 第2回「なぜ脳梗塞後、手は動くのに感覚が戻らないことがあるのか?」
では「6か月たったら、もう回復しない」のでしょうか?
このことは、かなり慎重に説明する必要があると思っています。
脳梗塞では昔から、
「最初の3か月が大切」
「半年たったら回復は止まる」
という話を耳にすることがあります。
確かに、脳梗塞後の自然な神経学的回復は、一般的に発症後早い時期ほど大きい傾向があります。
これは事実です。
しかし、
「6か月を過ぎた瞬間から脳が変化しなくなる」わけではありません。
実際、慢性期の患者さんを対象とした研究でも感覚機能の変化が確認されています。
2022年に報告された多施設ランダム化比較試験では、慢性期脳卒中患者167人を対象として、3週間の上肢運動リハビリテーションを行いました。[4]
ここで非常に興味深いのは、この研究の患者さんです。
対象となったのは発症から6か月以上経過した患者さんで、
発症からの平均期間は4.8年
でした。
それでもリハビリテーション後には、
約3分の1の患者さんで、触覚障害の程度が一段階以上改善しました。
さらに平均すると、治療後には治療前より約32%弱い刺激を感じ取れるようになり、その改善は6か月後にも維持されていました。[4]
これは非常に重要な結果です。
ただし、誤解してはいけません。
この研究は、
「何年たっていても全員のしびれが治る」
ことを示しているわけではありません。
改善したのは約3分の1です。
反対に言えば、同じリハビリテーションを行っても、明確な改善が確認されなかった患者さんもいます。
だからこそ、
慢性期だから何も変わらない、と決めつけることも、必ず回復する、と期待させることも、どちらも正しくありません。
「時間がたっている」という情報だけでは判断できません
例えば、脳梗塞から2年たっている患者さんが二人いたとします。
同じ2年でも、
一人は軽い触覚障害だけが残っている。
もう一人は、触覚も位置覚も強く障害され、運動麻痺も強く残っている。
この二人を、
「どちらも発症2年だから同じ」
と考えることはできません。
考える必要があるのは、
- 脳のどこが障害されているのか
- 病変はどのくらいの大きさなのか
- どの感覚が残っているのか
- どの感覚が失われているのか
- 運動機能はどの程度残っているのか
- これまでどのような回復をしてきたのか
- 現在の日常生活で、その手足をどのくらい使っているのか
といったことです。
回復予測は「発症から何か月」という一つの数字だけではできないのです。
「しびれが少し残っている」と「まったく感じない」では意味が違います
感覚障害の程度も重要です。
例えば、
- 触れば分かるが左右で少し違う
- 強く触れば分かる
- 軽く触ると分からない
- 痛みは分かる
- 熱さだけ分かりにくい
- 手を見ないと指の位置が分からない
- まったく触られていることが分からない
これらをすべて、
「しびれがありますね」
という一言で終わらせてしまうと、患者さんの状態を正しく把握できません。
「しびれがあるか、ないか」ではなく、「何の感覚が、どの程度残っているのか」を見る必要があります。
「ジンジンが残っている」場合は、さらに話が違います
ここまで主に、
「触った感じが分かりにくい」
「手足の位置が分かりにくい」
といった感覚の低下について説明してきました。
しかし患者さんの言う「しびれ」には、
- 「一日中ジンジンする」
- 「焼けるような感じがする」
- 「電気が走る」
- 「冷たいものを触ると痛い」
- 「服が触れるだけでも痛い」
という症状もあります。
これは単純に感覚が弱くなっているだけではありません。
脳の感覚を処理する仕組みが変化し、異常な感覚や痛みとして感じている可能性があります。
特に痛みを伴う場合には、
「中枢性脳卒中後疼痛(Central Post-Stroke Pain:CPSP)」
を考える必要があります。
正式名称に「脳卒中」と入るのは、脳梗塞だけでなく脳出血などでも起こり得る病態だからです。
脳梗塞後に起こるこの痛みについては、第5回で詳しく説明します。
第5回「脳梗塞後、触ると痛い・冷たいものが痛いのはなぜ?」
では、しびれを良くするために何ができるのでしょうか?
ここで患者さんが最も知りたいことは、
「では、何をすればいいのですか?」
ということだと思います。
まず大切なのは、
残っている感覚を正しく評価することです。
そのうえで、患者さんの状態に応じて、
- 触った場所を当てる
- 異なる素材を触り分ける
- 物の硬さや大きさを区別する
- 手足の位置を確認する
- 目からの情報を利用しながら動かす
- 実際の生活動作の中で手足を使う
といった感覚・運動を組み合わせたリハビリテーションが検討されます。
ただし、
「この訓練をすればしびれが必ず治る」という方法が確立されているわけではありません。
現在の感覚リハビリテーションについて、どこまで医学的根拠があるのかは第4回で詳しく説明します。
第4回「脳梗塞後のしびれ・感覚障害にリハビリは本当に効くのか?」
なぜ私たちは「まだ何が残っているのか」を大切にするのでしょうか?
私は脳梗塞の患者さんを診るとき、
「発症から何年たっています」
という情報だけで患者さんを判断することには、あまり意味がないと考えています。
もちろん、発症からの期間は重要です。
しかし、それだけではありません。
同じ発症1年後でも、
- 少しずつ変化を続けている患者さん
- ほとんど変化していない患者さん
- 運動機能は大きく改善したのに感覚障害だけが残っている患者さん
- 感覚は比較的残っているのに運動麻痺が強い患者さん
がおられます。
だから大切なのは、
「何年たったか」だけではなく、「現在、その脳と身体に何が残されているのか」を見ることです。
この考え方は、脳梗塞後の治療を考えるうえで非常に重要だと思っています。
ここで脳梗塞再生医療をどう考えるのか
脳梗塞再生医療についても同じです。
「発症から時間がたったから再生医療を行う」
という考え方ではありません。
また、
「幹細胞を点滴すれば、しびれが治る」
と単純に説明できる治療でもありません。
現在研究されている間葉系幹細胞などを用いた脳梗塞再生医療では、
- 炎症反応への作用
- 神経を取り巻く環境への作用
- 血管新生に関連する作用
- 神経可塑性や修復過程を支える可能性
などが研究されています。
しかし、2026年7月25日に公表された、虚血性脳卒中、つまり脳梗塞に対する幹細胞治療について26件のシステマティックレビュー・メタ解析をまとめたアンブレラレビューでは、神経症状、日常生活動作、運動機能などに改善の可能性が示された一方で、治療法、細胞種、投与方法、治療時期などには大きなばらつきがありました。[5]
効果についてのエビデンスの確実性も、多くの項目で低~中等度にとどまっています。
特に「しびれや感覚障害がどの程度改善するのか」という点については、現時点で十分な科学的根拠が確立されているとは言えません。
それでも、なぜ患者さんの状態を詳しく調べるのでしょうか?
「それなら、なぜそんなに細かく感覚を調べる必要があるのですか?」
と思われるかもしれません。
理由は逆です。
効果がすべて予測できない治療だからこそ、その患者さんの治療前の状態をできるだけ正確に把握しておく必要があるからです。
例えば、
- どの感覚が悪いのか
- どこまで感じるのか
- 左右差はどの程度なのか
- 運動機能はどうなのか
- 痙縮はあるのか
- 歩行はどうなのか
- 日常生活で実際にその手足を使えているのか
を確認します。
これらが分かっていなければ、
治療後に何が変わったのか。
そもそも本当に変化したのか。
を正しく判断することもできません。
私たち脳卒中再生医療センターが大切にしているのも、この考え方です。
再生医療を行うことそのものが目的なのではありません。
その患者さんの脳梗塞後遺症をできるだけ詳しく理解し、
- 現在どこに問題があるのか
- 何が残されているのか
- どのような変化を目標にするのか
そこを明確にしたうえで治療を考えていく。
これが大切だと考えています。
「もう治らない」と決めつける前に
脳梗塞になって何年もたった患者さんの中には、
「もう慢性期だから仕方がないと言われました」
「これ以上良くならないと言われました」
という方がおられます。
確かに、発症直後と5年後を同じように考えることはできません。
自然回復が最も起こりやすい時期は、発症後早期です。
しかし一方で、平均発症後4.8年の慢性期患者を対象とした研究でも、一部の患者さんでは触覚の改善が認められています。[4]
ですから、
「時間がたった=脳はもう何も変わらない」
とまで言い切ることも、現在の医学的知見とは一致しません。
大切なのは、
希望だけで判断することでも、
時間だけで諦めることでもありません。
今、その患者さんに何が残っているのかを正しく調べることです。
脳梗塞の回復を、一つの物差しだけで見ない
脳梗塞後の回復は、
「歩けるようになった」
「手が上がるようになった」
だけではありません。
昨日より少し触った感じが分かる。
見なくても指の位置が少し分かるようになる。
物を落とすことが減る。
コップを持つ力加減ができるようになる。
足の裏で床を感じやすくなる。
こうした変化も、患者さんの日常生活にとっては非常に大きな意味を持ちます。
脳梗塞の回復を考えるときには、
動くことだけではなく、感じることまで見ていく必要があります。
そして、
「どこまで治るのか」
について、私たちはまだすべてを予測できるわけではありません。
だからこそ、分からないことを分かったように言うのではなく、患者さん一人ひとりの変化を丁寧に追っていくことが大切だと私は考えています。
脳梗塞後のしびれ・感覚障害シリーズ
- 第1回 脳梗塞後の手足のしびれはなぜ起こるのか?
- 第2回 なぜ脳梗塞後、手は動くのに感覚が戻らないことがあるのか?
- 第3回 脳梗塞後のしびれは治るのか?
- 第4回 脳梗塞後のしびれ・感覚障害にリハビリは本当に効くのか?
- 第5回 脳梗塞後、触ると痛い・冷たいものが痛いのはなぜ?
参考文献
- Zandvliet SB, et al.
Is Recovery of Somatosensory Impairment Conditional for Upper-Limb Motor Recovery Early After Stroke?
Neurorehabilitation and Neural Repair. 2020;34(5):403-416.
Published: May 2020.
初回虚血性脳卒中患者215人を発症3週以内から26週まで追跡し、詳しい縦断解析を行った94人では上肢の体性感覚機能が12週まで有意に改善した。
PubMedで論文情報を見る
- Connell LA, Lincoln NB, Radford KA.
Somatosensory impairment after stroke: frequency of different deficits and their recovery.
Clinical Rehabilitation. 2008;22(8):758-767.
Published: August 2008.
初回脳卒中患者70人を6か月まで追跡し、触覚、立体認知、位置覚などの回復経過を検討した研究。
PubMedで論文情報を見る
- Semrau JA, Herter TM, Scott SH, Dukelow SP.
Examining Differences in Patterns of Sensory and Motor Recovery After Stroke With Robotics.
Stroke. 2015;46(12):3459-3469.
Published online: November 5, 2015.
脳卒中患者116人を発症1週、6週、12週、26週で評価し、感覚と運動では回復する時期やパターンが異なることを報告。
PubMedで論文情報を見る
- Borstad A, et al.
Tactile Sensation Improves Following Motor Rehabilitation for Chronic Stroke:
The VIGoROUS Randomized Controlled Trial.
Neurorehabilitation and Neural Repair. 2022.
Published: 2022.
慢性期脳卒中患者167人、平均発症後4.8年を対象とした多施設RCT。
3週間の上肢運動リハビリ後、約3分の1で触覚障害カテゴリーの改善を認めた。
PubMedで論文情報を見る
- Kaliyeva V, et al.
Human clinical evidence on stem cell-based therapies for ischemic stroke:
An umbrella review with emphasis on mesenchymal stem cells.
Journal of International Medical Research. 2026;54(7).
Published online: July 25, 2026.
虚血性脳卒中に対する26件のシステマティックレビュー・メタ解析を統合し、
MSCを含む幹細胞治療の有効性とエビデンスの確実性を検討したアンブレラレビュー。
PubMedで論文情報を見る
