シリーズ「僕が脳卒中再生医療と向き合うまで」|第1回・全3回
父の脳卒中と、一人の若い医師との出会い
「先生は、なぜ脳卒中の再生医療を始めたのですか?」
患者さんやご家族から、時々こう聞かれます。
理由を一言で説明するのは、実は簡単ではありません。
再生医療の技術があったから始めたわけでもありません。新しい治療だから興味を持った、ということでもありません。
振り返ってみると、僕が脳卒中再生医療に進んでいった道の始まりは、ずっと昔にありました。
それは、僕自身がまだ中学生だった頃までさかのぼります。
中学2年生のとき、父が脳卒中で倒れました
僕の父は、僕が中学2年生のときに脳卒中で倒れました。
そして高校2年生のときに亡くなりました。
まだ子どもだった僕に、病気の詳しいことがすべて理解できていたわけではありません。
ただ、一つだけ強く覚えていることがあります。
父の治療にあたってくださった脳神経外科や脳神経内科の先生方の姿です。
病気を診るだけではなく、患者や家族の不安に向き合い、なんとか前を向けるように支えてくださる。
その姿を見ながら、僕は医師という仕事に憧れるようになりました。
「自分も、人がもう一度前を向いて生きていくための手助けができる医師になりたい」
これが、僕が医師を志した一つの大きな理由です。
そして不思議なことに、何十年も経ったあと、僕自身が再び「脳卒中」という病気と深く向き合うことになります。
最初から脳卒中の再生医療をしていたわけではありません
僕は医師になってから、救急医療、小児外科、形成外科など、さまざまな医療に携わってきました。
そして2009年に、ふくとみクリニックを開院しました。
当時のクリニックは、現在のような脳卒中を中心とした医療機関ではありませんでした。
その後、患者さんの治療に再生医療の技術を取り入れるようになり、その経験を積み重ねる中で、2012年にはクリニック内に細胞を培養するための細胞培養室、いわゆる「CPC」を設けました。
今から考えると、このCPCを院内に持ったことが、その後の僕の人生を大きく変えることになります。
しかし、そのときの僕は、まだそんなことを知る由もありませんでした。
一人の若い医師が脳卒中で倒れました
そんなある日、僕の知り合いだった若い医師が脳卒中で倒れました。
幸い一命は取り留めました。
しかし、脳卒中は「命が助かったら終わり」という病気ではありません。
麻痺、しびれ、歩行障害、言語障害、高次脳機能障害など、さまざまな脳卒中の後遺症が残ることがあります。
本人だけではありません。
それまで当たり前だった家族との生活や、仕事、趣味、将来の予定まで、一度の脳卒中によって大きく変わってしまうことがあります。
その先生は、僕のクリニックにCPCがあり、再生医療に取り組んでいることを知っていました。
そして、ご本人とご家族が僕のところへ相談に来られました。
「脳卒中に対する再生医療を受けることはできないでしょうか」
当時、脳卒中に対する細胞治療は、現在以上に研究・臨床応用の初期段階でした。
僕は迷いました。
果たして、ふくとみクリニックで脳卒中に対する再生医療を行うべきなのか。
簡単に答えを出せる問題ではありませんでした。
そのとき思い出したのが、父のことでした
僕は自分に問いかけました。
「そもそも、僕は何のために医師になったのだろう」
そこで思い出したのが、父が脳卒中で倒れたときのことでした。
そして、父を診てくださった先生方の姿でした。
僕が医師になりたかったのは、病名をつけるためだけではありません。
患者さんが病気になったあとも、その人らしい人生をできるだけ取り戻し、もう一度前を向くためのお手伝いがしたかったからです。
目の前に、脳卒中によって人生を大きく変えられてしまった人がいる。
その人が「まだできることがあるのなら挑戦したい」と僕のところへ来ている。
そして僕のところには、再生医療を行うための技術と細胞を扱う環境がある。
ならば、自分に何ができるのかを真剣に考えなければならない。
そう思いました。
ただし、「希望しているから治療する」ではありません
今だからこそ、はっきり言っておきたいことがあります。
患者さんが希望しているから、どんな治療でも行えばよいというわけではありません。
医療である以上、安全性を考えなければなりません。
治療にどこまで科学的根拠があるのか。
どのような可能性があり、どのような限界やリスクがあるのか。
その患者さんが治療の対象となるのか。
法令に則った適切な体制で行えるのか。
そして何より、患者さんとご家族に良いことだけではなく、分かっていること、まだ分かっていないことをきちんと説明する必要があります。
そのうえで、患者さん自身が治療について考え、選択する。
この姿勢は、脳卒中再生医療を始めた当時から、そして今も変わってはいけないと僕は思っています。
あの相談が、すべての始まりでした
一人の若い医師から受けた相談。
そこから僕は、本格的に脳卒中再生医療と向き合い始めました。
しかし、この段階ではまだ、現在のように多くの患者さんに治療を行っていたわけではありません。
むしろ、僕自身が迷いながら、一つ一つ考えながら進んでいた時期です。
ところが、その後のある出来事が僕の決意をさらに強くすることになります。
それは、医師としてではなく、『一人の人間として「治療を必要としている人に、医療はどう向き合うべきなのか」』を考えさせられる出来事でした。
そしてその先には、僕自身にも想像していなかった運命が待っていました。
僕自身が、脳梗塞で倒れることになるのです。
次回は、僕が脳卒中再生医療へ踏み出す決断をしたとき、何を考えていたのかについてお話しします。
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